2015年12月31日木曜日、晴。
filled with many stars.
2015年がまもなく終わる。



……

………

「え、えぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ !!」
というのが率直な感想、と言っていいほど実感がありません。

少しおふざけしてしまったので改めて。
今年も、去年以上に慌ただしく、気がついたら本当に大晦日です。
ということは即ち、その翌日はお正月。そのイメージが本当にありません。
※尤も、去年(今年?)は喪に服していたので、お正月というものについて縁遠かった、というのもありますが。

忙しいという言葉、心を亡くすと書くが故使いたくない言葉。
 しかしながら今年はこの言葉を幾度と無く使うことになった。それが2015年というものだったと感じます。

自身のテーマを「いろんなものを見ていこう」と定めた2015年。
この背景には、昨年初めて日本を離れていろいろと考えたこと・感じたことが背景にあるのは間違いないと思います。

そしていろいろ考えるきっかけになった海外へは今年も行くこと。
自身2度目の海外、その場所は昨年例として挙げた台湾。
 もちろん楽しかったし、学ぶものもたくさんあった。 そしてそれ以上に自分の課題が色々と見えた機会になった。
 来年は…って行くかどうかも全くの未定ですが、、おそらく自分のこと、どこかには行ってるでしょうねw

来年はどんな年にしましょうか?と自問自答すると、例年はあれかなこれかなと悩んだりしますが、
来年への課題、自分の中ではっきりしている。
ここまで明確なのも珍しい、というか初めてかもしれない。
それだけ今年、実が詰まっていた、ということでしょう。
来年も年明けからいろいろと慌ただしくなりそうなのが目に見えている。
まぁ、自分にとっては願ったり叶ったりなところはあるけど。

来年はどんなことを見て、考えるのでしょうか。そして366日後には、どんなことを考えているのでしょうか。
来年、この拙文を見ながらなんと思うのでしょうね。

台湾に行った際に、九份(千と千尋の神隠しのモチーフになったと言われている場所)の比較的近くの
十份にて天燈上げをしました。 この時、上げる天燈には自分の願い事・目標を書くのですが、
この時書いたのは「いつも楽しく」という言葉。これが来年の目標、になるのかなと、思います。
これに一つ付け加えるとしたら、「もうちょっと人間しましょうね」っていうこと。
むしろこっちが先で、重要なのかもしれないし。

今年は正直、振り返ることが難しい1年でした。
時間がない、という言葉を何度使ったことか。言い訳にしかならないけれど。
まぁ、それを認識してるってことはまだマシな方か、とかなんとか。
こういう言葉を極力使わない、これも来年のミッションに入れておきましょう。

今年はいつも以上にまとまりのない年1更新になってしまいました。 来年こそは、ということで(今度こそね)。

それではこの実り詰まった2015年にお別れを。
そしていろんな事が待ち受けている空っぽな2016年を迎えましょう。
 /arkia(on 2015-12-31)
(2015年12月31日、23時20分)
2014年12月31日水曜日、晴。
ism.

「今年もいろいろありました」

月並みな言葉ですが、やはりこの言葉を使わせてもらう。
 そして毎年思う、この言葉に至るための経過・経験が全く違うということに。

2年前は自分自身の罪と罰を、 2年前は周りに振り回された、ということをこの言葉に込めた。
 そして今年は、内に秘めたままで、それでも出していなかった/出せなかったものが 表に出てきた、
という言葉を添えに使えば良いのかもしれません。


今年1年を振り返るのであれば、まず間違いなく初海外、というのが上げられます。
自身、数年前から行きたいという気持ちはありながらも行動に移せずにいた、海外に行くということ、
これを7月に果たすこととなりました。

自身、初海外は台湾に代表される、近くて日本語が比較的通用する場所かと思っていた。

ところがどっこい、蓋を開けてみたらアジアを遥かに通り越して、降りた先は
ユーラシア大陸最西端の地を持つポルトガル。
ここで過ごした1週間は、文字通り人生を変えるものになる気がした。

帰国直後にも、そして約半年経った今もこう思えている。おそらく1年後5年後10年後、
またいつになるかわからない2度目の海外となった際にも、この日々のことは何らかの形で
思い出すことになると思う。
※旅行のことは、いつになるかわからないけど必ず記します。自分だけのものにしておくのは勿体ない。


そしてもう一つ強く感じたこと。
 みんな、ちっぽけなことに悩んで、怒っているんだな、ということ。
それらが、申し訳ないけど、すごくくだらないと感じた。

日本とポルトガルの時差は9時間。サマータイムの時期だったので実際は8時間。
昼と欲が逆転しているといっても過言ではなく。 ハワイみたいに日本人が多い場所ではない場所なので、
日本のことは持ってきたスマートフォン越しに見たのですが、この、小さな画面で並んでいた
文字の羅列に込められていた事は、自分にとってはちっぽけなことに過ぎなかった。
こういう風に思うのって、日本じゃ難しいこと。大きな収穫だと思った。


「ちっぽけなことに縛られるのって、くだらない。」


この言葉、今後自分が二度と目を覚まさなくなる日まで携える事になると思う。

あと2つ、自分が強く思った事。
 「楽しもうよ、自分」ということと、「もっと正直になろうよ、自分」ということ。
 これについてはこれからが正念場。来年への課題と言える。
365日後、自分に課せたこの2つが果たせるように生きなければいけない。

文字通り転換期とも言えた2014年がまもなく終わる。
そして転換期の後の正念場とも言えよう2015年がすぐそこだ。
先にも書いたとおり、そしてタイトルの通り、「自分を出して」生きることを誓って
2014年に別れをつけることとします。


相変わらず筆無精極まりなく、ここでの更新がこれだけになってしまいましたが
本年関わって頂いた皆様に多大なる感謝と、来年も宜しくという気持ちを伝えたいと思います。
ありがとうございました。


追伸:
私事ですが、服喪期間のため新年のあいさつは差し控えさせていただく旨、ご容赦ねがいます。

/arkia(on 2014-12-31)
(2014年12月31日、23時30分)
2013年12月31日火曜日、快晴。
2013年の終焉。

文字通り、『1年ぶり』の更新です。
個人的にはなんだか複雑な心境もありますが、これが今の自分、ということで。
事実は事実。これを記して、自分自身と環境を改める為の備忘録としておくとします。

『今年もいろいろありました』
毎年毎年、面白いくらいにこの言葉が浮かんでくる。
しかも、その中身は昨年には思ってもみなかった事柄であったりするわけで。
昨年は、自分自身の罪と罰、という事柄でこう思ったのですが、今年は言うなれば
周りに振り回されっぱなしの1年だったのかな、と思います。
まぁ、それをしっかり制御できなかったという意味では自分の至らない所、罪だったと
考えれば昨年と変わりはなかったのかな、とも考えられますが。
※さすがにそれは強引すぎるか。

まぁそれでも、思ってもみなかった事柄を「経験した」り、思ってもみなかったことを
「近くで見ていた」という意味では全然悪いことではないわけで。
こういった事柄を経験した分だけ、このように1年を振り返ろうと思えるようになるわけで。


今年は良かれ悪かれ、完全に仕事モードの1年でした。
この1年あっというま、という言葉を特に感じた1年でもありました。
否、それを感じる間もなくあれやってこれやって…そして1年が終わってしまう。。。といった感じで(苦笑)
もちろん、仕事があるということは異論等諸々あるにせよ悪いことではないわけで。
欲を言えば、ちょっとだけ事前準備と事後整理の時間が欲しかったな。。。と思うところは多々感じます。
来年は、この時間を捻出するのが課題・目標でしょうね。


さて、2013年はどんな年だったか?と振り返ると、自分はこの言葉にたどり着きます。
「自分の目で見た物以外、基本信じなくなった」

今年急にそう思い始めた、というわけではなく前々から物事に対してこういう見方をしていたのですが、
この見方を完全に自分に楚つけたのがこの2013年なのかな、と思っています。

・「便利というものに対する嫌悪感」
・「文字、写真だけではなく空気を感じないと気がすまない」

これまで思っていた事柄に色々な実体験が化学反応を起こして自分の中に固まった、そんな1年でした。
本来ならばそれを振り返りたいところですが。。。これ以降はお察しください(苦笑)


さて2014年、「あれもしたい、これもしたい」と思う事柄、ちらほらあります。
でもまぁ、それについては日を改めて、ということにさせてください。
※と記して近いうちにまた記しますという意思表示と自分へのプレッシャー(笑)

一つだけ書いておくと、仕事はもちろんそれ以外のところでも実の詰まった1年を過ごしたいな、
と思っています。それも仕事だけではなくバランスよく。
それができれば自然とこの場の更新も捗ることでしょう。
そのために、この場を手直ししようと思っていますし(笑)
※「今度こそ?」「今度こそ!」「本当に???」「。。。ほんとうに」
※最後弱気になっちゃダメですね、はい。


これ位まで以上にまとまりのない文章になりました。
最初にも書いたとおり、これが自分の2013年だったのは事実。認めようがなかろうが。
良いこともそうでなかったこともたくさんありますが、これを来年見返して、
その時の自分にとっての糧になればと過年は全て良い年だったものになるな、そう思っています。
※封印したら多分そこから良くなることはないでしょうね。

写真は恒例、今年見た年の終わりの東京タワー。
なんだか忙しなく見てしまったな、というのが感想。
まぁ、忙しなかった自分がいた2013年だったがゆえにそう思ってしまったのは
決して間違いではないと思います。
来年はもうちょっと、もろもろ落ち着きたいなと思っていますが。


それでは良いお年をお迎えください。
1回だけの更新となりましたが、ありがとうございました。
/arkia(on 2013-12-31)

(2013年12月31日、23時)
2012年12月31日月曜日、晴。
2012.closing / approach.2013

2012年の東京タワーは、今まで見てきたものとは何かが違って見えた。
これは、自分にとってプラスなのか、マイナスなのか。
それも今の自分にとっては勿論ですが、1年後、5年後、10年後はどうなのか。


『今年もいろいろありました』
あまりにも月並みで、使い古された言葉。確か昨年も使っています。
でも、この言葉を使うのが適当だと感じることが幾度と無く有る。
毎年末この文章を書くときに、「今年は何を書こうかな」と思うときに、
真っ先にこの言葉は浮かんできます。

今年は個人的には、仕事が大半を占めたかな、と思います。
悪いように言い換えてしまうと、仕事に忙殺されたとも言えますが、
自身、物事はそういうふうには考えたくないので。
実際、仕事で得られているものはたくさんあるわけですし。
収入であり、充実感であり、人間関係のネットワークであり。
1日1日、目の前にあるものを片付けていたら気がつけば大晦日、でした(笑
※いつになく大晦日感がない自分が、ここにいます。

詳細についてはいつものとおり割愛しますが(笑)、2つの言葉に集約させたいと思います。
実はもう2,3あるのですが、それはまとまったらそこはかとなく表に出します(笑)

『罪を憎んで人を憎まず。』
今年はこの言葉の意味、改めて痛感しました。
他人事でもあり、そして自分事でもありました。
割り切りは、時には多大な痛みを伴う。
でも割り切ることができる、というのは
いいことだったりもします。
痛みはあるけど、気持ち的には楽なのかもしれません。

『自分が成長するためには、自分自身を否定する必要がある。』
今年、一番反芻した言葉。
これまでも否定し、否定され、それでもこの言葉を糧に立ち上がった。
今年は、これまでにない形で。その分、これまでにない形での成長があるのかな?
過渡な期待はしないけど、楽しみにしておきます。

今年1年、果たして良い1年だったのか?この問いに対する明確な答えは、
情けない話今の自分は持ち合わせていない。
でも、生きているってこと。これが何よりも「よい」という事じゃないかな、と思います。
年末に東京タワーを見る理由、それはこのことを確認するため。
来年も、それを確認するために行く事でしょう。
果たしてその時に自分、どんな気持ちを持っていくのでしょう?

今年1年、この更新が唯一の更新となってしまいました。
大変申し訳ありません。
でもその分、現時点では理由なき確信となっていますが、
2013年は色々と書いて行きたいな、行けるかな、と思います。

正直言うと今年1年、いろいろ纏めるのが難しいです。
それは自分自身に起因するのか、周りに起因するのかわからない。
でもまとめられなかった以上、来年はまとめないとな、と思う次第です。
そのためには、随時記していかないとね(汗


唯一のnotesとなってしまいましたが、今年1年ありがとうございました。
どうぞ、良い年をお迎え下さい。
written in 2012.12.31 aki.o/arkia(arkia_0901)

(2012年12月31日、21時55分)
2011年12月31日土曜日、快晴。
2011年、という壁の先に(2011年最終更新)。
今年の更新、もしかしたら10回にも満たなかったのかもしれません。
ただ、今年の結びの更新についてはしっかりとさせていただこうと思います。


写真は今年の仕事納めの日(12/29でした)に見た、今年の東京タワーです。
写真ではわからないのですが、展望台の部分がキラキラと光っていました。
確か記憶では、昨年はそういうのが無かったと記憶しています。
あくまで想像なのですが、これは来年2012年がこの展望台のように
キラキラと明るいものになってほしい、というメッセージが込められているのかも
しれません。



『今年もいろいろありました』
1年を振り返る常套句としてよく使われる言葉です。
自分自身、この言葉を使うときに心に留めているのが、いろいろあった、
といってもその中身が同じ事は無いということ。
常套句に甘えること無く、その中身の本質をしっかりと留めておく
必要があるわけです。

話がそれてしまいましたが、今年はこの言葉を使うのが一番適当で、
そして一番ためらわれる年なのかもしれません、
日本全国およそ1億3,000万人、いや、世界の人口およそ70億人が。

2011年、文字通り激動の1年だったと思います。自然災害・世界的な財政不安・
そして世界情勢上の大変動。
振り返ってみると、「あれって今年の出来事だったっけ?」という事が
これまでよりも多く出てくるのではないのでしょうか。

そして、避けては通ることのできない3.11、東日本大震災。
東京駅近くの職場から帰宅することはできずに知人宅に避難。
翌日、満員の埼京線と異様な静けさを持った小田急線を使って
帰宅した事は今でも覚えています。
更に言うと週明け、どうしても出社しなければならなかった日の
超が付くほど満員の田園都市線と、計画停電の影響で電車で帰宅が
できずに車通勤の親と合流するために2時間近く京王線の東府中駅前で
待ったことも、記憶の奥深くにあります。

そして、現在は地震そのものの報道よりも多くなっている、
東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故に伴う放射能漏れの問題。
事故が起きてから、自体はより最悪の方向へ、とはなっていませんが、
現状が良くなっている兆しは全く見られません。
当然のごとく、この原子力発電所は廃炉となりますが、それにかかる年月は
30年から40年とも言われています。

今年の夏、関東地方の鉄道ではいわゆる節電ダイヤを始めとした
節電対策が行われました。
先週、京都・大阪に行ったのですが、電車等の節電対策(日中時間帯に
車内の電源が切られる)がこのタイミングで始まった感じがありました
(節電ダイヤ、というのはありませんでしたが)。
関西地方は原子力発電所の依存が高く、福島の事故前後に法定点検の為に
運転を停止した発電所が運転を再開できないでいるなかで需要の多くなる
冬に突入してしまった、というのがこの要因の一つです。



これまで経験談を元に記してみましたが、ここからは常日頃思っていて、
今回の地震によって改めて感じたことを記したいと思います。

ヒトという生物は非常に弱い存在。生態系の頂点に立っている、
という考えは単に自惚れているだけ。
そして、自惚れが頂点に達したところで奈落の底に叩き落される。
実際は、思ったより強くなんかないのに。

具体的なことは、非常にありすぎるのでここでは敢えて挙げません。
でも、今年の粗方のことはこの事に集約できるんじゃないかな…と考えます。


ただ、そんな中でも、だからこその楽観的な考え方があると思います。
これより悪いことはまず起きない。
今年が「非常に悪い」年だったとしたら、それよりも悪いことは起きないはず。
そして、それを信じて・願って行動を起こさないといけないと思います。

「悪い」事が起こるだけ起こったと考える人が多い2011年。
しかし先に記したとおり、2012年はこれ以上「悪い」事は起きないと考えています。
ところが、「悪い」事を見て・感じてきて、「悪い」事に敏感になっている
この身体とココロをそのまま持って行っても、恐らく「悪い」ことにしか反応を
示さなくなっているんじゃないかな…と少し怖い気もします。

時期は過ぎてしまいましたが、John LennonのHappy Christmasの歌詞の一節に
"War is over if you want it,War is over,now!"というのがあります。
あまりにも有名な一節なのでもはや説明すら不要かと思うのですが、直訳をすると
「あなたがそれを望めば戦争は終わるのです。あなたが望めば、今にでも…」
となります(一部自分なりの解釈を加えています)

それを望まなければ何も始まらない。
至極当然の事なのですが、とても重要で、とても大切なこと。
少し話がそれましたが、ここで何が言いたいかというと、
「良いことを望まないと、良いことは起きないよ」という事です。
拙い文章でアレなのですが、これが自分の一番言いたい事だったりします。
どうか、周りの「悪い」空気にココロ・身体を支配されないで下さい。


先ほどの続き。
たとえ叩き落されたとしても、這い上がるチカラを持っている。
これは、日本の例だけでも関東大震災、太平洋戦争、阪神・淡路大震災を経て、
それでも立て直しを果たせているという実績がある。
今年起きた東日本大震災後でも、立て直すことはできるのだと考えています。

確かに今回はこれまでと違い、時間はものすごくかかるでしょう。
残念なことに、これまでのツケを後世に背負ってもらう事になってしまうのでしょう。
だからこそ、今を生きている自分たちは、その子たちの為に生きなければならない。
果たして何が出来るのか?これについての答えは色々ありすぎて書ききれませんが、
この場に書くとするならば、次の世代に明るい道を作っていくことだろうと思います。
否、「何ができるのか?」ではなくて「やらなくてはいけない事」なのかもしれません。



私的な事がほとんど書けませんでしたが、この1年、自分自身の身の回りにも
色々なことが起こりました。
泣いて、笑って、悩んだ事だらけですが、冒頭に写真を上げた東京タワー、
昨年見た時よりは前向きに見ることができたんじゃないかな、と思います。
もちろん諸々課題だらけではありますが、来年はそれらを越えて
また、胸を張って見ることができたらいいな…と考えています。


そして来年は、ここでの更新をもっと増やしていきたいなと思っています
(具体的に数値目標を上げなければダメですね…汗)。

2011年という年に自分に関わってくれた人に深謝の気持ちを伝えつつ、
また、2012年もよろしくお願いしますという気持ちを残して、今年の更新を
締めくくろうと思います。

どうぞ、良い年をお迎え下さい。ありがとうございました。
written in 2011.12.31 aki.o/arkia(arkia_0901)

(2011年12月31日、11時25分)
2011年 7月17日日曜日、快晴。
3.11、あの日。
3ヶ月どころか、ほぼ4ヶ月ぶりの更新ですね。
最後の更新が3.11の前だったので、もしかしたら…なんていらぬ心配を
かけていたのであれば申し訳ありませんでした。

冒頭に記したとおり、「あの日」から4ヶ月が経ち、既に100日以上経過しています。
今更、並びに月並みな言葉ですが、今回の震災の被害に遭われた皆様へ
お見舞い申し上げると共に、亡くなられた方へ心よりのおくやみの言葉を申し上げます。


記録として残す意味でも、当日のことを幾ばくか。
震災当日は職場にいました。
自分はあまり外(屋内含む)では地震の揺れを感じない人なのですが、そんな自分でも
この時の揺れは大きく、そして長く感じました。

外に出てみると、既に同じビルの他のテナントの人含めて100人近くが外に避難。
携帯電話が全然つながらないことを感じ、ただ事ではない事を実感。
職場近くに皇居があり、そこまで歩いて避難したのですが人も車も多く、
まさに大混乱とはこういうことなんだな。。。ということも実感しました。

家族と連絡がついたのは夕方過ぎ。
上司が持っていたPHSが偶然つながり、父親以外の無事を確認。
父親についても、職場の同僚が持っていた携帯に電話がつながり
19時前には全員の無事を確認しました。

そして郊外の民最大の懸念事項が立ちはだかりました。
自宅に帰る為の手段がこの辞典で確保されていないことです。
同じ東京都内にもかかわらず、23区内から電車で行くためには
必ず神奈川県を通らなければならない事で有名な町田市。
職場のある中央区から電車で1時間強かかります。
ご存知のとおり、当日のJRは首都圏全ての路線が終日運休。
自分は現在、通勤にJRは使っていないのですが、地下鉄・私鉄も
軒並み運休となりました。

皇居敷地内にあるレストハウスに避難しひとしきり情報を集めた後、
大半は歩いて帰途へ(23区内・川崎市・船橋市:およそ4時間くらいとの事でした)。
ちなみに、職場から自宅までの徒歩経路をgoogleマップで調べてみたら
国道246号線を歩いて7時間近く要するという結果が出ていました。

先ほど情報収集と書きましたが、ちょうどノパソを持っており、
iモードは繋がらなかったのですがPCのネットは比較的繋がりやすかったです。
そんな中、23区内に住んでいる知人にSNS経由にて連絡が取れ、一泊することにも
了解を頂くことが出来、ほぼタイミングで地下鉄(銀座線・南北線・都営三田線だったかな)が
動き始めたとの情報が入ってきたためまだ残っている人達に別れを告げて移動。
※自分が使っている私鉄路線ですが、当日は終夜運転をしたみたいです。

都営三田線を使っての移動だったのですが、乗り始めた日比谷駅はがらんどう。
切符はどうするのかな? などと思っていると改札は解放モード。
そのまま入るとちょうど電車が止まっていました。乗っている人はまばら、十分座れる状態。
余震に対する警戒とのことで、途中駅まで速度制限をする等々のアナウンスがあった後、出発。

…次の駅、大手町が大変なことになっていました。

あ、駅舎が壊れている等ではなく(汗)。
ひとことで言うと、朝の通勤時間帯よりも多い人ごみだったと感じました。
幸いにも座れていたので事なきを得ましたが、降りる駅まで人ごみが
解消されることはありませんでした。

改札で知人と合流。
知人宅にお邪魔する前にコンビニに寄ったのですが、印象的だったのが携帯電話用充電器が
ほとんど無かったこと。
その後の記憶に新しい食料騒動の前だったため、食べ物や水等については
特段問題なく購入はできました。

その後知人宅にお邪魔、近くの銭湯に寄り(普通に営業していました)、再度知人宅へ。
その後に控えていた、別の知人の結婚式の打合せ等々話していました。
※この話については別の機会に。これを書いているタイミングで既に終了しているため、
そう遠くないタイミングで書きたいと思います。

翌日は10時半過ぎに知人宅を出発。
埼京線で新宿まで出たのですが、自分と同じく帰る事ができなかった人が多数いたせいか、
ほぼ満員電車並みの混雑でした(通常の半分の本数だったというのもあるのかもしれません)。

そんな中、荷物が多かった(万が一、とのことで職場から色々持たされていた)自分は
既に乗っている人に助けられる一幕。助けていただいたのは齢60近くの男性。
同じドアから自分と同じくらいの年齢の女性も乗って来て、同じように
誘導。自分も無意識に誘導。そして何の抵抗もなく、池袋まで話をしていました。
全く見ず知らずの人なのに。
男性は、この週末に福島に旅行に行く予定だったけど宿が営業不能とのことで
キャンセル。女性も、昨日の交通マヒで帰れなかったとのことでした。
そして自分もこれから町田へ帰宅。何とも不思議な一体感がありました。

新宿で降りて、営業していたヨドバシへ。
携帯の電源自体は持っていたのですが、それをつなぐ専用のケーブルが
無かった為、あるかどうかを見て、そして確保。
※実はちょっと電池が微妙な状態でした。。。

そして小田急線で町田へ。定期は持っていないのですが、昨日の駅前の様子を
テレビで見ていたときに、いつもとは違うけど万が一、ということを考えて
町田経由で帰ることに。

小田急線は急行と各停がそれぞれ15分おきに出ていました。
異様な静けさに動揺しながら、電車に乗り、そして町田に着。
ここから更に乗り換えが発生するのですが、本数は3割〜5割のところ
幸いにもちょうどのタイミングで乗ることができ、そして帰宅となりました。


「まだ」4ヶ月なのか、「もう」4ヶ月なのか。
この問に対する答えとして適当なものはありません。
むしろ、そのどちらにも当てはまることばかり。
当日の自分の事については正直な話、もう4ヶ月前の事なんだ、
と思うことがある一方、原子力発電所の事故の復旧進捗やそもそも町の復旧が
ほとんど進んでいないままに気がついたら、と考えると
確かに時間は経過しているんだな、と考えざるを得ません。

個人的な話で恐縮ですが、知人がボランティアとして岩手県の釜石に滞在しています。
facebook上で現地の写真・情報を発信しており、その様子を見ていると復興への道の
険しさを痛感します。
現地で何が必要なのか、要望が一番高いのは食料品関連。食糧そのものも勿論なのですが
調味料やフライパンなどの調理器具、ラップ・アルミホイルなどのキッチン用品も
需要が高いそうです。
また、今は状況が変わっている可能性があることを先に断りを入れた後で、社内の
取引先経由でアメが欲しいというようぼうもあがっておりました。
これは4月末〜5月の話で、社内で200袋近くが集まり、現地へ送ったという
出来事もありました。


正直な話、自分がこの地震に関連する内容を発信するのは結構もやもや感を感じます。
おそらくそれはいろいろな人が感じていることとに類似していると思うのですが、
この3.11を経て自分は何をする必要があるのか、そして何が出来るのか、
その根幹となる解答が自分の中でまとまっていないのが原因なのでしょうね。

とはいえ、少なくてもこれは間違いなく言えるということをあげるとしたら、
同じ日本人として、否同じヒトとして苦しんでいる人を放っておくことは出来ないよね?
ということ。
救いの手を出す方法はこれこそ正解はなく。むしろ逆で、考えうるもの全てが正解となる
と思います。
そのなかで、自分が一番自分らしく自然体で出来ること、抵抗感なく出来ることをやれば
いいんじゃないかな。。。と思います。

(2011年 7月18日、 1時55分)
2011年 3月 5日土曜日、晴。
もはや義務を通り越して居るのは否めなくなってきた。
忘れた頃にやってくる現在地:羽田空港。

はい、その後の行程も「いつもどおり」です。
昨年は多忙・多用につき一度も行かれなかった大阪に行ってきます。

なんというか、旅行かばんの詰め方すら忘れてしまった自分がいて軽くショックを受けてしまいました。。
果たして、今回の旅の涯には一体何がまっているんでしょうかね。。。楽しみでもあるけどね。


あ、そうそう。
以前来たときとの大きな違いが、保安検査場C,Dが出来ていたということ。

(2011年 3月 5日、 6時30分)
2011年 1月18日火曜日、快晴。
2011 opening days.
2011年になりました。
既に2週間余が経っていますが、本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年まで私的にドタバタしていた事があったのですが、その終着点、ようやくはっきりと見えてきました。
まぁでも、終着点に見える場所には併せて別の事柄の始発点が往々にしてあるわけで。
どういうものがあるのか、それについてはまだ知る由もないのですが、ここ最近常に思っている「愉しむ」
という気持ちを以て終着点・始発点に向かいたいな、と思います。
※早速別のドタバタがあり、今日が今年の初更新となったわけですが。。。


今更ですが、正月三が日は自分としては珍しく、TVを観る時間が多かったような気がします。
主にスポーツもの。これはすなわち、自分が何らかのものを本心としてスポーツに求めている、という事ですかね?
まぁ、その「何らか」についてはいろんな要素がスパゲッティ状に絡んでいて、解くのには時間がかかりそうですが。。。
※さておき、今年は昨年全く行くことが出来なかった生での観戦、行きたいところ。。
※併せて舞台や音楽なども…(キリがないので略


ここ最近感じる・思っている事は、「物事は、表に出さなきゃ伝わらない」ということ。
これは至極当然のことなのですが、自分を含めて出来ている人、果たしてどの位いるのでしょうか?

ビジネスの場においては、得てして認識の違いは起こりやすいもの。
しかも、その発端はほんの細かなところより生じるわけでして。
『聞くは一時の恥、利かぬは一生の恥』という諺がありますが、ことビジネスの場においては
それが恥だけでは済まされない事態(お金が関わること)に陥ることだってあるわけです。

急に偉そうなコト書きやがって…ってなってますが、シビアに考えるとそういう事。
もちろん、自分も他人事ではなく。それを常に意識して人と接する必要があるのです。

あ、ちなみに先にも書いたとおり、自分も出来ているわけではないので、ね。
お互い努力しましょうね、ってことで。
※いわゆる2011年の目標の一つ、ですよ。


でもでも、去年は表に出すことについて色々と考えすぎていたのも事実。
なので、今までよりも自然体でいられたらなと思っています。
ココの更新についても、肩肘はらずに出来たらいいな。。。と考えています。

(2011年 1月19日、 1時39分)
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